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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)7761号 判決 1998年1月23日

本訴原告・反訴被告

石本勲

右訴訟代理人弁護士

内海和男

本訴被告・反訴原告

光栄機設工業株式会社

右代表者代表取締役

安尾鵄郎

右訴訟代理人弁護士

松村剛司

主文

一  本訴について

本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、金三〇〇万四〇〇〇円及びこれに対する平成八年四月二一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  反訴について

反訴原告(本訴被告)の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴、反訴とも、本訴被告(反訴原告)の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴について

1  請求の趣旨

(一) 本訴被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、本訴原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、三〇〇万四〇〇〇円及びこれに対する平成八年四月二一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 第(一)項につき仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  反訴について

1  請求の趣旨

(一) 原告は、被告に対し、一一六万九〇四九円及びこれに対する平成九年二月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 被告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴について)

一  請求原因

1 原告は、昭和五一年四月一日、被告に入社し、平成八年三月二〇日、自己都合により、被告を退社した(勤続期間一九年一一か月)。

2 被告の就業規則(退職金規程)によれば、従業員の退職金は、退職時の基本給に勤続年数に応じた支給率を乗じて算定するものとされている。

そして、原告の退職時の基本給は二一万九〇〇〇円であり、原告に適用される退職金の支給率は一六・〇であるから、原告に支給される退職金額は、二一万九〇〇〇円に一六・〇を乗じた三五〇万四〇〇〇円である。

なお、被告の退職金規程によれば、従業員の退職金は、退職した日から一か月以内に全額を支払うものとされている。

3 被告は、平成八年五月一四日、原告に対し、八〇万円を支払ったが、そのうちの三〇万円は、原告が保有していた被告の株式の払戻金であるから、退職金として支払われたのは五〇万円にすぎず、残金三〇〇万四〇〇〇円は未払いである。

4 よって、原告は、被告に対し、退職金残金三〇〇万四〇〇〇円及びこれに対する弁済期の翌日である平成八年四月二一日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3のうち、被告が平成八年五月一四日に原告に対し八〇万円を支払ったこと及びそのうちの三〇万円が株式の払戻金であり、五〇万円が退職金であったことは認め、その余の主張は争う。

三  被告の主張

1 原告は、平成八年一月末ころ、被告に退職を申し入れた。被告は、この申出を認め、原告は、同年三月二〇日付けで被告を退職することとなった。

なお、原告は、平成八年二月当時、被告の営業課長の地位にあった。

2 ところが、平成八年二月ころ、次の(一)ないし(三)に記載のとおり、原告の職務上の不始末が相次いで発覚した。

(一) 株式会社イトウ商会(以下「イトウ商会」という。)の件

(1) 被告は、平成八年一月ころ、イトウ商会から、クレーン騒音の軽減工事の依頼を受け、原告がその担当者となった。原告は、イトウ商会と協議の結果、工事内容をホイスト(巻揚機)乗せ替え、走行車輪ウレタンに取り替え、走行モーター減速部研磨用に取り替えと定め、契約を締結した。

(2) 右工事の施工は、メーカーである日本ホイスト株式会社(以下「日本ホイスト」という。)が行ったが、原告がイトウ商会との打合わせを充分に行わなかったため、工事開始日時がイトウ商会に伝わっていなかった。

また、工事完成後思ったほど騒音が減少せず、イトウ商会から原告に対してクレームがつけられたが、その際、イトウ商会から、横行装置もウレタンに変更すべきだったのではないかとの話しが出た。これに対して、原告は、横行装置をウレタンに変更することが可能であることを知っていたにもかかわらず、変更は不可能である旨を返答した。しかし、これを不審に思ったイトウ商会が、直接製造メーカーに問い合わせたところ、横行装置のウレタン変更が可能であるとの回答を得た。

これらのことから、イトウ商会は激怒し、被告に対し、代表者の安尾鵄郎(以下「安尾」という。)が謝罪と交渉に来るよう求めてきた。

(3) 安尾は、原告が業務上の報告義務を怠り、イトウ商会からクレームがつけられたことやその後の交渉の経過を報告しなかったため、詳細が分からず、原告から説明を受けた。そして、安尾は、原告を同行して、イトウ商会を訪れることとしたが、原告は、訪問予定日に欠勤してしまった。

安尾は、一人でイトウ商会に赴き、謝罪のうえ、横行装置のウレタン変更工事を追加することとなったが、その結果、被告は、六万九三〇〇円の増加費用をイトウ商会から回収することができなくなったうえ、被告がイトウ商会から既存のクレーンを無償で譲り受け、これを日本ホイストに八万三一〇〇円で下取りさせる予定であったにもかかわらず、その機会を失い、合計一五万二四〇〇円の損害を被った。

(二) 株式会社福原精機製作所(以下「福原精機製作所」という。)の件

(1) 被告は、平成七年九月ころ、原告を担当者として、福原精機製作所との間で、無軌条クレーン三一基の納入、設置工事契約を締結し、これを施工したが、そのうちの一基が脱輪した。

(2) 右脱輪の原因は、サイドローラー取付穴の寸法違いであったが、その修正がなされたため、以後脱輪のおそれはなくなった。原告は、福原精機製作所に対し、そのことを充分説明し、了解を得なければならないにもかかわらず、これを怠り、漫然と落下防止金具の取付けという不要な工事を行ってしまった。

(3) そのため、被告は、右落下防止金具取付工事に要した費用六六万〇〇四五円全額の負担を余儀なくされ、同額の損害を被った。

(三) 三菱重工業株式会社(以下「三菱重工業」という。)の件

(1) 被告は、平成七年半ばころ、三菱重工業の神戸造船所電装課から、クレーン四台ほかの設置工事を受注し、原告が担当者となった。

(2) 右工事は、平成八年一月から二月にかけて行われたが、被告の設計部は、阪神大震災の関係で、現物(クレーン)を実際に見ることができず、これを見た原告が作成した指示書を、三菱重工業から取得した当該クレーンの資料と共に、設計部に送付し、設計部は、これらの資料に基づいて、承認図面を作成した。

(3) 前記工事は、右承認図面に基づいて施工されたが、クレーン照明灯ブランケット及び配管が設置建家の化粧天井に当たるという事態が発生してしまった。原告は、右のような事情のもとで業務を進めるにあたっては、当該クレーンの状況を正確に把握し、あるいは、三菱重工業から確認したり、設計部に作図前の見分確認を指示するなど、慎重に作業を進める業務上の義務があるにもかかわらず、これを怠った。

(4) その結果、被告は、その手直しのための工事を余儀なくされ、七三万三五〇四円の費用を要したが、三菱重工業から回収できたのは、右費用のうち三七万六九〇〇円だけで、被告は、差額三五万六六〇四円を負担することとなり、同額の損害を被った。

3 原告の右各不始末は、業務上定められた上司への報告を怠り、取引先のクレームに誠実に対応せず、取引先への謝罪、交渉の際に欠勤し、あるいは、図面の作成やクレーム処理の段階で上司への報告、関係各部署との打合わせを充分行わず、独断でことを進めるなど、甚だしい業務怠慢、権限踰越に起因するもので、そのことによって、被告に損害を与え、被告の信用を低下させた。

4 原告の右行為は、被告の就業規則三四条(従業員は、この規則及び付属諸規程に定められた事項を遵守するとともに、業務上の指揮命令に従い、互いに協力してその職責を果たさなければならない。)に違反し、四三条七号(第三四条から第三八条までの規定に違反した場合であって、その事案が重大、悪質なとき。)所定の懲戒解雇事由に該当する。そして、被告の退職金規程八条二号においては、「退職し、又は解雇された後、退職金の支給日までの間において、在職中の行為につき、懲戒解雇に相当する事由が発見された者」に対しては、退職金の一部または全部を支給しない旨が定められている。

5 前記のとおり、原告の所為は、懲戒解雇事由に該当するのであるが、これらの行為が発覚した時点においては、すでに原告の退職が確定していたことに鑑み、被告は、原告を敢えて懲戒解雇にはしなかったが、右退職金規程八条二号に準じて、原告の退職金を五〇万円と定め、原告に対し、右五〇万円を支払ったのである。

よって、被告には、原告に対する未払い退職金債務はない。

6 仮に、原告が未払い退職金債権を有していたとしても、前記のとおり、原告は、雇用契約上の義務違反によって、被告に対し、合計一一六万九〇四九円の損害を与えた。その態様の悪質性、重大性に鑑みれば、原告の右義務違反は、被告の原告に対する信頼を破壊し、原告の被告在職中の功労を無にする程度に達しているというべきであるから、原告の本訴請求のうち、右損害額の一一六万九〇四九円の相当する部分については、権利の濫用として許されないというべきである。

四  被告の主張に対する認否

1 被告の主張1の事実は認める。

2(一)(1) 同2(一)(1)の事実は認める。

(2) 同2(一)(2)のうち、日本ホイストが工事を行ったこと、工事開始日時がイトウ商会に伝わっていなかったこと、イトウ商会から横行装置もウレタンに変更すべきだったのではないかとの話しが出たこと、原告が横行装置をウレタンに変更することが不可能である旨を返答したこと、イトウ商会が安尾が交渉に来るよう求めたことは認め、その余は争う。

(3) 同2(一)(3)のうち、安尾が原告を同行してイトウ商会を訪れる予定であったこと及び原告が訪問予定日に欠勤したことは認め、その余は争う。

原告は、扁桃腺に炎症を起こしたため、訪問予定日に欠勤せざるを得なかったのである。

2(ママ)(二)(1) 同2(二)(1)の事実は認める。

(2) 同2(二)(2)及び(3)の主張は争う。

2(ママ)(三)(1) 同2(三)(1)の事実は認める。

(2) 同2(三)(2)ないし(4)の主張は争う。

3 同3及び4の主張は争う。

原告は、安尾に逐次状況を報告し、その指示に基づき、業務を遂行しており、被告の就業規則に違反したことはないのであるから、懲戒解雇事由は存在しない。

4 同5の主張は争う。

原告には、懲戒解雇事由がないうえ、イトウ商会の件、福原精機製作所の件及び三菱重工業の件は、いずれも原告が退社する前に明らかになっていたことであるから、原告の退職金の支給につき、被告の退職金規程八条二号に準じて取り扱うことは許されない。

5 同6の主張は争う。

(反訴について)

一  請求原因

1 前記本訴被告の主張記載のとおり、原告は、被告の従業員としての義務に違反し、その結果、被告に対し、イトウ商会の件に関して一五万二四〇〇円の、福原精機製作所の件に関して六六万〇〇四五円の、三菱重工業の件に関して三五万六六〇四円の各損害を与えた。

2 よって、被告は、原告に対し、雇用契約上の債務不履行に基づき、損害金合計一一六万九〇四九円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成九年二月一八日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

本訴被告の主張に対する認否に記載のとおり

原告に債務不履行の事実はなく、被告の反訴請求は失当である。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(本訴について)

一  前記当事者間に争いのない事実によれば、原告に支給されるべき退職金は、計算上三五〇万四〇〇〇円であり、内金五〇万円は支払いずみである。

二  そこで、被告の主張について検討する。

1  前記当事者間に争いのない事実、(証拠略)、原告本人及び被告代表者の各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一) イトウ商会の件について

(1) 被告は、平成八年一月ころ、イトウ商会から、クレーン騒音の軽減工事の依頼を受け、原告がその担当者となったが、この取引きは、原告が獲得してきたものであった。原告は、イトウ商会と協議の結果、工事内容をホイスト(巻揚機)乗せ替え、走行車輪ウレタンに取り替え、走行モーター減速部研磨用に取り替えと定め、契約を締結した。

なお、原告は、この契約を締結するにあたって、その内容を安尾に書面で報告していた。

(2) 右工事は、日本ホイストがいわゆる丸投げの形式で、被告から請負うこととなったが、原告は、日本ホイストに対し、イトウ商会とよく協議をしたうえで工事にかかるよう話していた。ところが、原告が、平成八年二月中旬ころ、日本ホイストから連絡を受けて現場に急行したところ、イトウ商会の代表者が、日本ホイストが打合せなしに勝手に工事に着手したことに激怒しており、原告が再三謝罪をしたにもかかわらず、イトウ商会の代表者は、原告では話しにならない、安尾を呼んでこいと主張したので、原告は、安尾に電話をかけて、その旨を伝えた。

その際、本来の目的であった騒音の減少が不十分なことに関して、横行装置もウレタンにすべきであったのではないかとの話しが出るに至ったが、原告には横行装置をウレタンに変更した経験がなく、また、メーカーの日本ホイストがウレタンの車輪化を行っていないと思っていたため、原告は、イトウ商会に対し、横行装置のウレタン化はできない旨を告げた。

しかし、実際は、横行装置のウレタン化は可能であり、イトウ商会の代表者は、日本ホイストに問い合わせ、その旨の回答を得た。

(3) 安尾は、原告から事情を聴取した後、イトウ商会の要求に応じ、平成八年二月二三日に、イトウ商会に赴くこととし、原告も同行することとなった。しかし、原告は、風邪で扁桃腺を腫らしたため、出勤できず、同日朝、原告の母親が被告に電話をかけ、原告が欠勤する旨を伝えた。

(4) 安尾は、平成八年二月二三日、一人でイトウ商会に赴き、イトウ商会の代表者と協議をした。安尾は、イトウ商会の代表者から、対応が悪いとの指摘を受けた後、横行装置のウレタン化ができないことの理由を質され、その実施を求められた。安尾は、謝罪に終始したが、結局、横行装置のウレタン化の工事を追加することとなった。

(5) イトウ商会との取引きにおいては、当初、イトウ商会が所有していた古いクレーンを被告が無償で譲り受け、これを日本ホイストに八万三一〇〇円で下取りに出すことが予定されていたが、イトウ商会は、多大の迷惑を被ったことを理由に、右無償譲渡を拒否した。そして、さらに、横行装置をウレタンに変更したため、工事代金が増額されたが、その増額分は、被告が負担することとなった。

(二) 福原精機製作所の件

(1) 被告は、平成七年九月ころ、原告を担当者として、福原精機製作所との間で、無軌条クレーン三一基の納入、設置工事契約を締結した。この工事施工後、平成八年一月中旬ころ、そのうちの一基が二回にわたって脱輪し、クレーンが落下しかけるという事故が発生した。

(2) 原告は、安尾の指示を受け、日本ホイストの協力を得て、また、被告の設計部とも協議をして、脱輪の原因を調査したところ、事故の主たる原因は、サイドローラーの取付穴の寸法違いであることが明らかになり、原告は、安尾に対し、その旨を報告した。

(3) 右サイドローラーの取付穴の寸法違いは補修され、脱輪の危険はなくなったが、原告は、福原精機製作所から、完全な安全対策を求められたため、脱輪防止金具を取り付けたほか、運搬時に生じたクレーンの塗装の破損を補修した。そして、クレーンの脱輪の修正及び対策については三二万九一四五円の、塗装の破損補修については三三万〇九〇〇円の、各費用を要した。

なお、被告においては、制度上、上司の決裁がなければ、資材の調達等はできないことになっていた。

(三) 三菱重工業の件

(1) 被告は、平成七年半ばころ、三菱重工業の神戸造船所電装課から、クレーン四台ほかの設置工事を受注し、原告が担当者となった。

右工事の内容は、既設のクレーンを新建家に移転するに際し、新建家の寸法に合わせて、クレーンの幅を変更したり、クレーンの新規作成を行うというものであり、平成八年一月から二月にかけて、被告の設計部が作成した承認図面に基づいて施工されたものであったが、施工後、クレーン照明灯ブランケット及び配管が設置建家の化粧天井に当たるという事態が発生してしまった。

(2) 右図面作成にあたって、被告の設計部は、平成七年六月以前に当該クレーンの見分に出掛けたが、阪神大震災の影響で建物が傾いていたため、現物(クレーン)を実際に見ることができなかった。そこで、現物を見た原告が作成した指示書を、三菱重工業から取得した当該クレーンの資料と共に設計部に送付し、設計部は、これらの資料に基づいて、図面を作成したものであった。

なお、被告の設計部の担当者は、三菱重工業などと行われた打合わせには参加していたし、また、設計部から図面を受け取ってクレーンを製作したのは被告の製造部であったが、改造されるクレーンは、被告の工場に引き取られ、保管されており、製造部の担当者は、いつでもこのクレーンを見ることができる状態であった。

(3) 結局、被告は、クレーン照明灯ブランケット及び配管を移設する補修を行ったが、そのために、七三万三五〇四円の費用を要した。右費用のうち、三七万六九〇〇円は三菱重工業が支払ったが、残りの三五万六六〇四円は被告が負担することとなった。

(四) 退職までの経緯及びその後の状況

(1) 原告は、被告を退社し、母親の住む仙台市に転居することを決意し、平成七年一二月ころ、安尾に対し、その旨を伝えた。安尾は、原告を慰留するなどしたが、原告の気持ちは変わらず、原告は、平成八年二月五日ころ、安尾に対し、正式な退職の申出をなし、同年三月二〇日をもって被告を退職することとなった。

(2) 平成八年二月ころに開催された被告の幹部会において、被告の赤字を減らし、収益を向上させることが議論されたが、その席で、各部門ごとに始末書を作成して、責任者が赤字が出た理由や各部門の責任を明確化し、その後の業務の参考にしようとの話しになった。

原告は、平成八年二月末ころ、安尾から、退職するまでに書くものは書いておくよう言われたが、その趣旨が右幹部会で話題とされた始末書のことだと思い、同年三月一八日、前記イトウ商会の件、福原精機製作所の件及び三菱重工業の件につき、始末書(<証拠略>)を作成し、被告に差し入れた。右三通の始末書には、打合わせ不備などの理由で赤字を発生させたことを詫び、寛大な処分を求める旨の記載があった。

(3) 原告は、被告の退職金規程に、退職後一か月以内に退職金が支払われる旨の定めがあるにもかかわらず、その支給がなかったため、平成八年五月二日以降再三にわたって被告に催促したところ、同月一五日、被告から、退職金明細と題された書面(<証拠略>)とともに、八〇万円の小切手が送付されてきた。この書面には、「退職前の会社規則等、支給制限 第八条二項にてらして決定し支給致します。」との記載があり、また、三〇万円については、社内株式分とされていた。

原告は、支給された退職金が予期に反して低額であったため、同日、天満労働基準監督署に相談に出かけたところ、担当者から、安尾に会って事情を聞くよう助言を受けた。

原告は、平成八年五月一六日、被告を訪れ、安尾に面会して、説明を求めたが、安尾からは、減額の事情についての明確な説明はなかった。原告は、被告から支給された八〇万円の領収書を差し入れたが、納得できず、天満労働基準監督署での相談や大阪市の法律相談を経て、本訴提起に至った。

2(一)  被告は、前記イトウ商会の件、福原精機製作所の件及び三菱重工業の件にかかる原告の行為が、懲戒解雇事由に該当する旨を主張する。

(二)  しかしながら、イトウ商会の件に関していえば、被告がイトウ商会の怒りをかったのは、工事を施工した日本ホイストとイトウ商会との間の意思疎通が充分でなく、イトウ商会が事前の連絡もなく、いきなり着工したと受け取ったことに起因するものというべきである。確かに、原告は、日本ホイストに対して、イトウ商会と工事日時についてよく打合わせを行うよう指示していたのではあるが、日本ホイストとイトウ商会との間で調整にあたることも、原告の任務の一つといえるのであるから、右日本ホイストに対する指示をしたとの一事をもって、原告の責任が全くなくなると解することはできないとしても、前記認定の事情に照らせば、そのすべての責任を原告に負担させることも相当でないというべきである。また、当初の騒音減少工事に横行装置のウレタン化が含まれていなかったことについても、この工事計画が安尾に報告されていたことに鑑みれば、原告の独断に基づいたものであったともいえない。さらに、原告は、勘違いから横行装置のウレタン化が不可能であるとの誤った情報を伝えたのではあるが、横行装置のウレタン化の追加工事を行うことは、最終的には安尾がイトウ商会の代表者と協議して決めたものであること、原告がイトウ商会の代表者との面会予定日に欠勤したことは、病気を理由とするもので、やむを得ない面があったといえることなどの事情を考慮すれば、イトウ商会によるクレーン下取りの拒否や追加工事の費用が回収できなかったとしても、そのことが専ら原告の責任であり、原告の懲戒解雇事由(重大、悪質な職務違反)に該当すると解することはできないというべきである。

(三)  また、福原精機製作所の件についていえば、脱輪の補修工事には、日本ホイストや被告の設計部も関与しており、右工事が原告の判断のみに基づいて行われたものとはいえない。また、被告は、原告が本来不要な脱輪防止金具の取付けを行ったことを非難するが、前記認定のとおり、脱輪防止金具の取付けは、福原精機製作所の要請によって、施工されたのであるが、その間の細かな経緯やこの工事に要した費用の詳細は、本件証拠上、必ずしも明らかでない。

これらの事情に鑑みれば、福原精機製作所の件につき、原告に懲戒解雇事由(重大、悪質な職務違反)があったとすることはできない。

(四)  さらに、三菱重工業の件であるが、前記認定の事実によれば、この件には、原告だけでなく、被告の設計部や製造部も関与しているのであり、被告が納入したクレーンが建家の天井に接触したとの事態が発生したことについての責任が専ら原告にあると断定するに足る的確な証拠もないことに照らせば、右三菱重工業の件につき、原告に懲戒解雇事由(重大、悪質な職務違反)があったと断定することはできないというべきである。

(五)  なお、原告は、イトウ商会の件、福原精機製作所の件及び三菱重工業の件について、被告に赤字を発生させたことを詫び、寛大な処分を求める旨が記載された始末書を作成し、被告に差し入れている。しかしながら、前記認定の事実によれば、始末書作成は、収益向上を図るため、赤字を出した部門の責任を明確にする目的に基づくもので、個人の責任を追及するためのものではないと解すべきであり、また、原告のみがその対象とされたわけでもないから、原告が右始末書を作成し、これを被告に差し入れたことをもって、原告の懲戒解雇事由の存在を根拠付けることはできない。

3(一)  右判示のとおり、前記イトウ商会の件、福原精機製作所の件及び三菱重工業の件における原告の対応には、多少の不適切な点があったことは否定できないものの、懲戒解雇に相当するような、重大、悪質な職務違反があったということができないのであるから、被告の退職金規程八条二号を根拠とする退職金減額の主張は、その余の点について判断するまでもなく、失当といわなければならない。

(二)  また、被告は、原告がイトウ商会の件、福原精機製作所の件及び三菱重工業の件の対応を誤り、被告に合計一一六万九〇四九円の損害を与えたことを理由に、原告の本訴請求のうち、右損害額合計一一六万九〇四九円に相当する部分については、権利の濫用として許されない旨を主張する。

しかしながら、前記のとおり、イトウ商会の件、福原精機製作所の件及び三菱重工業の件については、その責任が原告にあったと断定することはできない。さらに、仮に、被告に損害が生じていたとしても、その金額の詳細自体が必ずしも明確化されていないばかりでなく、その損害を原告に負担させることが正当化される根拠も明らかではない。

その他、本件に顕れた一切の事情を検討しても、原告の本訴請求が権利の濫用に該当するというべき事情はないから、被告の右主張もまた、失当といわなければならない。

三  以上の次第であるから、被告は、原告に対し、退職金残金三〇〇万四〇〇〇円(原告に支給されるべき退職金三五〇万四〇〇〇円から既払いの五〇万円を控除した残額)及びこれに対する弁済期の翌日である平成八年四月二一日(被告の退職金規程上、退職金の支払時期が退職日から一か月以内とされていることは、当事者間に争いがない。)から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務を免れないというべきである。

(反訴について)

一  被告の反訴請求は、原告がイトウ商会の件、福原精機製作所の件及び三菱重工業の件の対応を誤り、被告に合計一一六万九〇四九円の損害を与えたことが、原告の被告に対する労働契約上の債務不履行に該当するとして、右損害合計一一六万九〇四九円の賠償を求めるものである。

二  確かに、前記判示のとおり、イトウ商会の件、福原精機製作所の件及び三菱重工業の件の対応については、原告にも不適切といい得る点があったといえるものの、このことから直ちに原告の債務不履行が肯定され、損害賠償責任が発生するとはいえない。

そして、他に、原告が、被告の主張する合計一一六万九〇四九円の損害についての賠償責任の根拠となるような事情は見受けられないのであるから、被告の反訴請求は、失当といわなければならない。

(結語)

以上の次第で、原告の本訴請求は、理由があるからすべて認容し、被告の反訴請求は、失当であるから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成九年一一月一三日)

(裁判官 長久保尚善)

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